昭和52年02月05日 朝の御理解
御理解 第58節
「人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。盗人をしておらねばよし。乞食じゃと言うても、もらいに行かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。」
昨日は、神愛会でしたね。先生方の研修でございました。研修の中で先生方一人一人発表をされまして、大変おかげを頂いたんですが、なかで郷ノ浦の末永勇先生が、お話の中に。先日から父と言われるのは、お父さん壱岐教会の教会長です。もう七十五、六歳にもなられるでしょうか。父に和賀心時代を作るというご本を、ここから皆さんも頂いておられますように、あのご本を父に貸してあげました。そしたら大変有難い本でおかげ頂いたと言うて、まあお父さんが言っておられるんです。
「お父さんどこが一番有難いと思いましたか」と言うてその尋ねたら、私は大変感動したのはね、合楽の先生が少年時代の事を書いておられる。ある正月、元旦の式が小学校で行われます。で講堂に入る前に廊下にずうっとこう並ぶわけです。その時にもう前方のほうから走ってきた友人が、私にぽうっとこう、あの突き当たったときに、私の足を嫌というほど踏んだというのが、私はもう少年の時代から、大変こう霜焼けがしとります。もうその私の霜焼けは、もう実にそれはひどいもので。
今でもこんなに沢山傷が残ってるくらいですから、大変ひどい霜焼けでした。足その霜焼けで、一杯こうしておるところを、途端に踏んだんです。もう本当にその、もうその、「あいた」ち言うちから、もう手を振り上げた瞬間に、私のまあ脳裏にひらめいたものとでも申しましょうかね、私の母の父です。私の爺に当たります、この浮羽郡の麦尾のものですけれども、もう大変な熱心な仏教信者でした。
もう本当にそれは、もうあのくらい例えばいうならば信心がもう、生活の中に入り込んでしまっておるという感じでした。もうそれは手厚い手厚い信心でした。私はこの爺の感化を受けておるのか、非常に大きいと思うんですけれども、その年の内何回も行くわけじゃないですけれども、あの例えば取り上げとか、田植えとかという時には、母が手伝いに参りますと、やっぱ後ろへ付いて言って、もうそういう忙しいときでも、やはり夫婦のものがご仏壇の前に座って、もう長々とお経を上げます。
そのお経を私共、たまたま行ってから覚えるくらいですから、大抵この熱心、もう仏壇の引き出しに、聖人様の絵解きが入っております。それはここに記念にいただいております。ここにございますが、その絵解きを丁度紙芝居のようにして、裏に説明が書いてありますのを読んでもらい、話してもらうのがもうそれを、爺にせがむとそれが爺があの、まあ懇々とその、聖人様の一代記を話してくれておりました。そう言う様なあのなかでございましたから、何時もまあ私共孫に言う事でもね。
「総一ちゃんやいもう、喧嘩どんしちゃでけんぞ。」ち言う訳です。もう一つどんくらせられたっちゃ、なまんだぶなまんだぶち言うと、痛とうなかごつなるちうっふふ、その事をねもう瞬間足を踏まれてから、手を振り上げた瞬間感じたんですね。そしてなまんだぶなまんだぶ、と言うた事を覚えてるんです。その事をおかげの泉の中に話してある。壱岐の教会長先生が、もう私はここを見て大変感動したて言われるんです。
末永先生としては、まあだ肝心なところを有難いと思うかと思うたら、そげんとこどんまあ有難いと思うたと言った様な意味で言われましたけども、私は改めて私自身感動いたしました。本当に信心はね、あのこれだと思うんです。もう例えばほんなら、乞食だと言われても、泥棒じゃと言われても、腹を立てなと言われる。時になまんだぶなまんだぶ、なまんだぶ言うたら、その腹立たしさも消えるくらいな、南無阿弥陀仏であり、いうならば、生神金光大神様でなからなければならないと思うんです。
どころではない、段々長ずるにしたがって、ほんならその信心は、その踏んだ人の事を願い。いうならば乞食じゃ泥棒だと悪口を言う人達の上の事までも、願えれる信心。いうならばというものが、有難さの中には含まれておると言う事でございます。私はあの恐らく、私がなまんだぶなまんだぶと、その心に唱えて確かにあの涙が、ぽろぽろ流れましたけれども、痛さのためのこの涙ではなくて、恐らく天地が感動ましました涙であったと、今にして思います。
神様の感動。神様のお喜びそれがね、一つになって私は渾然とするところの有難さ。信心生活とはもう、これに尽きるのじゃないでしょうか。様々な時があります。様々な事があります。それは、雨降って、地固まると言った様な事もございます。昨日ある方がその、嫁を叩いたというんです。もうすぐもうしまったと思うて、もうお詫びをさせて頂いた。まあ合楽でこれだけの信心を頂いておって、自分の嫁後ぐらいなら良かばってん、息子の嫁を叩くとはまあ、言語道断だと思いますけれども。
その息子の嫁を叩くぐらいだから、よくせきな事であっただろうと、私は思いました。だからもう本当に、まあよくせきな事であっただろう、嫁にすぐお詫びを言うたと言われるから、まあそれで雨降って地固まるというおかげが受けられるに違いはないですけれどもね。やはりそういう時になまんだぶ、なまんだぶを言えれるゆとりを頂かねばいけないと思うですね。
昨日あの、先生方が皆発表する中に、今学院から修行に来ております先生方も、一人一人発表いたしましたが、なかでこちらに来てもう、一番初めから感動してのは、もう信心の匂いというか、信心の勢いと言うか、そういうものがお広前一杯に、むんむんとしておるのを感じて、大変感動したと言う事を言っております。だから自分のほんなら、ここに沢山の人が集まって、一人一人が有難くならせて頂く稽古を、いわばしておるわけです。そういう雰囲気が、そんならお広前だけではなくて。
○○さんの家行ったら、もう何とはなしに、有難いものがむんむんとしておると言ったような、私は家庭を作って初めてその家庭が。繁盛のおかげになってくるだけではなくて、周辺にまでそういう信心の雰囲気と言うか、たたずまいというかそういうものが広がっていくんだと。とにかく理屈じゃないです。本当に信心ちゃ有難いなあと思い、また信心の無い者にでもそれを思わせる。初めて来た者にもとにかく、むんむんとするほどの信心の香りというか、そういう雰囲気がお広前一杯にあったと。
もうあんたはもう一番合楽でもう、それ一つを頂いたらもう学院には、それがお土産だよと言うて、私は話した事でした。大事な所大事なものを頂き止めておられる。私は昨日末永先生のお父さんのお話を聞かせて頂いて、ほんならあの沢山お話をしておるのが、まあ一冊の本になってる訳ですけれども、やっぱり七十何年という、長生きのおかげを頂かれて、御道の教師としておかげを頂いておられて。
もう一番いうならば、私の信心の要の所を頂いて感動しておられるなと言った様なものを感じたんです。そらまあ理論的、色々いうならば様々なことをお話しておりますけれども、じゃなくて、唯なまんだぶなまんだぶと言われたところに、腹立たしさが無くなって、それこそ有り難涙がぽろぽろ流れたけれども、あの痛さの涙でなくて、有り難涙だっただろうと思うという先生の少年時代の話を聞いて感動した。
あの本を読んで頂いて、そこで感動されるほどしの信心が、私は尊いと思うですね。皆さんでもやっぱりそうです。どうでもただいろいろ、詳しくなったというのではなくて、そういう有り難いものが、周囲にもこう、広がっていくほどしの有り難いもの。そこにはやはり教えを行ずる以外はない。ここには泥棒と言われたりとか。乞食じゃと言われたと言った様な、いうならば普通では許せない様な悪口を。
例えば言われてもと言う事ですから、それは言われるだけではなくて、いろんなほんなら足を踏まれても、そこに言うならば日頃の信心を生かして行けれるおかげ。日頃頂いておる信心を、いざそういう時に生かさなければ、そらまあ雨降って地固まるじゃある、失敗は成功の元ではあると言うてもです。やはりそれではよい雰囲気は生まれてこないと思います。どうぞひとつあの信心とは。
有難くならせて頂く稽古と言うて、有難く鳴らせて頂く稽古というのは、拝む稽古とかお話を聞くというのも大事ですけれども、自分の有難くならせて頂いておると言う事が、その都度都度に、はあ自分がこのくらいに有難くなってこう言う事でも。有難いで消してしまうだけの、その内容を持つ有難さが、自分に身についていきよると言う事を、その感じていかなければ、信心の成長とか信心の楽しみは無いと思うですよね。
どうぞ一つどんな場合でもね、なまんだぶなまんだぶなまんだぶとね。言えてその腹の立つことが消えるくらいな、一つおかげを頂きたい。勿論金光様金光様でも良いでしょう。親先生でも良いでしょう。そこには次の思いもかけない有難さが開けてくる。それは、天地が感動ましますから、新たな、いわば、どっからこの有難さが湧いてくるか分からんという有難さがいただけるものです。
どうぞ。